2220

わたしのACぷよデビューの話

by
くだら
くだら
はじめましての方ははじめまして、くだらといいます。
せっかくこのような場ができたのでただの日記を書きます。


ぼくはAC版ぷよが好きで今ではACぷよらーを自称していますが、元々はがっつりのネットぷよらーでした。
みなさんは今は亡き「2ぷよ」をご存知でしょうか。
今ではかつての面影もない廃墟と化していますが、自分が中高生の頃は毎晩常に50人以上ものぷよらーで賑わっていました。


ぼくはこの2ぷよで生まれ育ちました。計3万戦はしていました。
2ぷよとかいうゲーム、紛れもなくストレスしか溜まらない欠陥ゴミカスゲーでしたが、一番の欠陥ポイントは謎の中毒性があることでした。
マナーもモラルもないクソガキはひたすらショートカットキーを駆使しながら隙間を縫うように連コし続けててはキレ続けていました。
当時中学生のぼくは自分のPCは持ってなかったので、家族共用のリビングに置いてあるPCで遊んでいましたが、
ひたすらイライラしながらキーボードガチャガチャしているぼくを常に視界に入れながらも何も言わなかった親は偉大だったと思います。
普段は温厚の化身であるぼくですが、親が寝たあとに2ぷよで遊んでいたある日、イライラのあまり近くにあったiPodをPCに投げつけたところ、古いものだったのもありPCを破壊したこともあります。
家族共用PCなので死ぬほど焦りましたが、外傷がないことをいいことに知らぬ存ぜぬを押し通し、無事経年劣化で死んだ説に落ち付きました。この件については今ここで10年越しの謝罪をしたいと思います。本当にすみませんでした。



余談はともかく、4強が謳われていた当時、世間に漏れず動画勢してたぼくはACぷよに強い憧れがありました。
当時広島に住んでいたぼくはACなんて遊べないだろうとほぼ諦めていましたが、高3の夏に耳寄り情報を入手しました。

「かつて存在していた広島のACぷよ対戦会を復活させようとしているぷよらーがいる」
「しかも2ぷよらーでめちゃくちゃ強い」
「ニコ生でぷよ配信しながら広島ぷよらーを探している」

お気づきの方もいるでしょうが、こいつこそが
・「momokenを最も追い詰めた男」
・「誰とでも五分る男」
・「ムンダラの長」
・「うんこ」
など数多くの異名で有名な「くじら」でした。
その噂を聞きつけたぼくは早速くじらのニコ生配信を覗いてみました。
2ぷよ配信をしていたので、いきなりコメントをする勇気もないぼくは自分も2ぷよを遊びながら配信をBGMにしていました。


すると、ふと配信からくじらのこんな声が聞こえました。
「なんか俺の偽物みたいなやつおるけどwww」


言ってませんでしたが、ぼくは2ぷよを初めてプレイした中学生の頃からずっと「くだら(kudara)」というHNを利用していました。
このHNは後々「そのHNはくじらからとったんですか?」とか「くじらの弟ですか?」とか3万回くらい聞かれましたが、完全にたまたまだしなんならおれの方が先まである。勘弁してくれ。


このときすでにぼくは数万戦という立派な廃人戦績を誇っていた(レートはカスだった)ので、その戦績を見て「偽物かと思ったけどむしろ先輩だったわw」みたいな反応をされてた気がします。
まあその反応内容自体はどうでもよくて、
・当時SNSもやってなかった「ただのいちネットぷよらーに過ぎない自分」が、
・偶然「広島ぷよ代表と似たHNだった」ために、
・偶然「配信中に認識され」、
・偶然「その配信をぼくが見ていた」、
こんな状況、さすがにこのチャンスを逃すのはないんじゃないか!?
そう思いながらもチキンなぼくは、すぐではなくその配信終了後に2ぷよの個別チャットでくじらに話しかけました。


そこからはとんとん話が進み、対戦会を復活させてこの日にAC対戦会やるから、という話になり、行ってみることを決めました。
幸いゲームセンターは最寄りから電車20分くらいだったので行くこと自体は簡単だったのですが、ゲーセンなどまったく行かない人間でしたし、当時ぼくは通学以外ではほぼ電車に乗らないレベルで狭い世界に生きていました。
それに加えてネットで知った人と出会い厨するのも初めてだったので、その道のりがどれほど遠く感じたかは察してほしい。


ちなみにこのときに簡単に連絡を取れるようにとTwitter(@kudara_)を始めました。
これにより無事「初めてのフォローがくじら」「初めてのツイートがくじらへのリプ」という消えることのない人生の汚点を手に入れました。


そんなわけで初めてのACはめちゃくちゃ緊張しましたが、たどり着きさえすれば「憧れのACを自分がプレイしている」という事実に感動しっぱなしでした。
こうして高3夏にACデビュー、その後は広島でも定期的なAC対戦会が復活し、ぼくも通うようになった結果、ぼくは無事浪人しました。
浪人時代も懲りずに予備校で自習と称して遅くまでACぷよしていた自分は、親から見ればさぞかし勉強熱心な受験生の鑑だったことでしょう。


以上がぼくのACデビューです。
今も変わらずぼくはくじらよりうんこのほうがいくらかマシと思っていますが、そんなうんこ以下によって人生が変わったうんこもいるという話でした。
更新日時:2018/06/11 21:02
(作成日時:2018/06/11 21:02)
カテゴリ
日記
コメント( 1 )
BSR | かぐぅ
BSR | かぐぅ
2018年6月12日 8時47分

くじらはクソ。はっきりわかんだね

コメントするにはログインが必要です
シェア