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趣味とは

by
のらり
のらり
独り善がりな備忘録です。身の上話の延長みたいなものになるかと思いますが、いよいよ高三の11月が近づいてきました。ああ怖い。胃酸がpHを下げていることしか実感できません。
さて、ぷよぷよ界隈の今の賑わいといえばわんころさんでしょうか、あまり配信やツイートを見ていないので何が行われているとかそーゆーのは存じ上げませんが、初心者ぷよらーから上級ぷよらーにわたる多くの人が不定形を使いこなすことに魅力と強さを見出しているのは確かな気がします。
実際、鶴亀使いとか鍵積み使いとか言う言葉と同じかそれより甚大な浸透具合を見せる「不定形使い」という肩書きはぼちぼち見掛けるように思います。私も実力はさておいて、とこぷよで不定形を組んだりしようとしてみたりしますが、愚形ができます。
尤も、不定形使いとしての強さは、凝視力やら対応力やら判断力やらと言った対人技術の高さを孕んでいることが必要条件でしょう。サンタさんにお願いしてみようかなと思います。

さて、備忘録と銘打って何をするのかという、言わば本題の提起をここらでしておこうと思います。

題名から推測されうるかもしれませんがぷよぷよを、仮にもeスポーツという一面を込みで捉えている一ぷよらーとして、これは趣味なのかそれともその他の別に説明されうるものなのかが分からなくなってしまいました。
ここからしばらくは私個人の話ですが、私がぷよぷよに出会ったのはいとこのおねーさんのDSを帰省して占有していた時でした。そしてそれが楽しかったなあという印象から、小二でWiiを買ってもらった時にぷよぷよ7を買ってもらいました。マイナーなスタートですね。当時は大変身ルールの勝ち抜きで230人抜きとかをしていたことが誇りでした。暇人ですね。小学生なんてそんなもんですよ。
その時はネットとか知らないものですから知っている定型は階段と鍵しかなくて、また頭も回りませんから潰しとか催促とか凝視とか組み換えとか、今欲しいなと思う技術なんか思いもよらないわけですよ。今でこそ情報が入ってきますから、「あー、そうやるのか」みたいな獲得が起こりうるのですが、当時はただ一人でとこぷよか勝ち抜けで大連鎖を組むという頭が痛くなりそうなことしかしてなかったんですね。
いやそれでも、それだけで小学生のうちにぐちゃぐちゃでも12以上がぼちぼち打ててただけすごいと思うんですよ。いつから成長が見られなくなったのか教えて欲しいくらい頑張ってました。
友達でやってる人もいませんから本当に一人で黙々とやっていました。出家でもしようかな。
そんな私が3DSを得てオンラインの対戦をするようになってから、テトリスにボコボコにされたり人の動画を見たりするようになって、まずは自信を、次に練習量を失っていきました。
勉強と一緒で習ったあとは問題集とかを使って自分でやる練習をしないといけないんですよねやっぱり。それなのに怠慢を喫して自分のことを否定するだけで、いつの間にか中学受験ですよ。これじゃあ時間を無駄にしているという親の主張に呑まれてしまいます。まあ実際そこから行動は起こしませんでしたが。
そこで、ゲームは一旦お別れで、また受験後に再開したらほんとに下手になっていたんですよー。
と言いたいところですが、元々特別練習で意識して身につけた技術とかがないので割と実力は据え置きだったんですね。むしろ癖とかがなくなって組みやすく感じることが増えたりもして、楽しかったです。ここでGTRとかに出会いました。
すげー、組みやすいし繋げやすい!と思いよく使ったのですが、連鎖の飽和が全体的に減るようになりました。
なんでだろうと思って結局その時に答えは出なかったのですが、今思うと頭伸ばししかしない昔の連鎖と連鎖尾と第2折りを組む定型とでは難易度がえぐいほど違うんですよね。
今や初心者は階段と鍵からGTRへ!みたいな風潮がありますが、いや、むずいて。才能の無さを練習量と経験則で誤魔化してきた中学生くらいの私からすれば、ぐちゃぐちゃ上へ上へ組んでいって後で固まってるゴミタワーを回収するというセカンドみたいな本線を組んでいたはずが、計画的に盤面を組み切るとかいう難易度の高い操作を求められて、そんなのゆっくりと練習する真面目さがないと成り立たないなと、言語化しないまでも実感を得ていました。

因みに今は弥生手順がメインでたまに変なのを組んだりします(今と言っても最近はやっていません)が、あーゆーフレキシブルさを求められる土台をわざわざ使っているのには憧れがありまして、TOMプロの対戦動画をみて、自分の戦い方と真逆の荒れ狂ったような戦術とそこからの連鎖の安定感に蕁麻疹みたいなザワザワっとした羨望を抱き、練習しまくりました。『りゅうおうのおしごと』の一手損角換わりみたいなものです。伝わりにくいですね()。簡単に説明するだけでも恥ずかしいのですが、要はかっこいいから俺もあれできるようになりたい!ってやつです。
大変でしたよ。GTRがどれだけ楽か。未だに早い攻めは出来ないのですが、土台くらいはちょっと組めるようになってそれだけでも嬉しかったです。
私の苦手なことは色々なことに同時に集中することで、つまるところ凝視とかなんですけども、そこを一旦考慮に入れさえしなければ、弥生使ってますと言ってもいいんじゃないかなって気がしています。そして今また受験が迫ってきており、過去と似たような状況でありながらこうして自分の立場を考える「背伸び」くらいはできるようになりました。

以上が私のぷよらーとしての生い立ちなのですが、いかがでしょうか。めちゃくちゃ良くいえば居士、普通にいえば情弱、悪く言えばおじゃまぷよですが、今の悩みである「ぷよとどう向き合うか」という随分高尚な迷妄はいかにして解消されるのでしょうか。
私の悩むところというのはゲームに対する価値観の歪みとどう向き合うか、そう抽象できるのですがちゃんと説明を入れると、私の目には、大人というのはゲームとかしないし漫画も音楽も収集もしないつまらない人間のような姿で映っています。
現実と相違があることは当然存じ上げていますし、本当に全ての娯楽を絶とうとしているかと言われればもっと揺れています。しかしそういった歪んだ価値観が治らない以上自分はいずれ娯楽というものを捨て去った、人からつまらないと思われそうな人間になる気がしてならないのです。もちろん、それをつまらないと言われる気はないです。何か自分の生を愉快にするもの(人から見るとやらされていることに思えるもの)が何かあるという条件下の話であることがその裏付けです。ですがもし私が私の抱く大人の像に近づくのならば、中途半端にeスポーツとして意識するのは何かモヤモヤするので足を洗いたいと、そんなふうに思います。
とはいえ実際、楽しいことはいつやっても楽しいんですよきっと。それをよく分からない自分の感覚で経つのは、子供が意地を張っているようにも見える気がするのです。それは、やじゃん。ああ困った。
今はこんな気分です。
作成日時:2020/10/24 02:07
カテゴリ
日記
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